ピアノ演奏法において、しばしば登場する「脱力」という言葉。

今回は、脱力について考えてみたいと思います。

広辞苑によりますと、脱力とは「体から力がぬけること。力をぬくこと。」とあります。

私は、学生時代、この「力をぬく」という意味を、そのままの意味に受け取り、いかにして力をぬきつつピアノから音を出すかという、今になってみれば、何とも非現実的なことを実現しようと苦心した覚えがあります。

こういうのを、無駄な努力と言います。

ピアノの鍵盤の前に座った状態で、身体から力をぬいてみるとわかりますが、全く力を入れない状態では、腕は肩から床に向かって垂れ下がった状態となり、鍵盤上に指を持っていくことすらできません。

鍵盤上に指を、ピアノを弾くことを想定した形で用意している時点で、どこかに力は入っているのです。

そして、ピアノから音を出すためには、ハンマーが打弦可能なエネルギーが生じる速度で鍵盤を下げる必要があるわけですが、このような速度で鍵盤を下げるためには、どうしても力を入れる必要があります。

全く力をぬいた状態、力を入れない状態では、ピアノを弾くという行為そのものが不可能であるということがわかります。

このように、言葉から何をどのようにすれば良いのかということを読み取ることは大変難しいのが、ピアノ奏法において登場してくる言葉の特徴です。

言葉通り脱力すれば、ピアノを弾くということが不可能になりますし、かといって、力を入れたら入れたで、力が入ってはいけませんと言われる、じゃあ、一体どうしたらいいのか、ということになります。

身体から全く力をぬいた状態でピアノを弾くということは不可能であるということと、ピアノから音を出すためには、ハンマーが打弦可能なエネルギーが生じる速度で鍵盤を下げる必要があり、それには鍵盤を動かすにあたって、身体のどこかしらに力を入れる必要があるということは明らかです。

ここで、ピアノという楽器の物理構造に目を向けてみたいと思います。

ピアノは、鍵盤が下がると、内部の機構がハンマーを動かし、ハンマーが弦に当たって音が鳴ります。

弦に当たったハンマーは、即座に弦から離れ、次の打弦準備に入ります。

この間は、ダンパーが弦と接触する、もしくは音が減衰しきって聴こえなくなるまで音が鳴り続けるわけですが、この時、鍵盤を力強く押さえようと、何をしようと、鳴っている響きそのものに直接影響を与えることはできません。

ダンパーが弦と接触さえしなければ、音は鳴っているわけです。

鍵盤は、ダンパーが弦と接触しない状態を維持することができるのであれば、それ以上、力を入れて押さえておく必要はないということがわかります。

では、ダンパーが弦と接触しない状態を維持するために必要な力というのは、どのくらいの力なのか。

できる限り力を入れずに指先で鍵盤を下げていくと、いずれ鍵盤の底とぶつかって、それ以上は下がらなくなります。

これ以上は下がらないというところまで来たら、その状態で静止します。

そして、静止した状態を維持しつつ、少しずつ指先から力を抜いていきます。

鍵盤が上がってきたら力を抜きすぎです。

これを繰り返して、鍵盤が下がりきった状態を維持できる、最小限の力の入れ方を探してください。

これをやってみますと、わずかの力で鍵盤を下げた状態を維持することができることがわかります。

これが、ダンパーが弦と接触しない状態を維持するために必要な力です。

そして、音を出した後、ダンパーが弦と接触しなければ、それ以上には、響きに対して何らかの影響を及ぼすということはありませんから、フォルテの響きであろうとピアノ(弱い)の響きであろうと、ダンパーが弦と接触しない状態を維持するために必要な力は同一の力となります。

これに対して、音を出す前と音を出した後の間、音を出す瞬間の力は、響きそのものを生み出す原動力となるものですから、こちらは、ピアノから引き出したい響きに応じた力を入れる必要があります。

このように、ピアノを弾く時に要求される力には、響きを生み出す力と、生み出された響きを維持する力とがあります。

ここで、ピアノの鍵盤を弾く時の手の形で指先を膝の上にのせ、下に向かってぐっと指先に力を入れてみてください。

指、手、手首、腕、などが硬直し、動かせなくなります。

これが力が入った状態です。

次に、指先の力を抜いて、硬直した部分を全て弛緩させてみてください。

これが力が抜けた状態です。

硬直した状態では、そこからさらに硬直させるというのは難しいですが、弛緩させた状態であれば、再度、硬直させるということは簡単にできます。

ピアノ演奏においては、複数の鍵盤を連続した動きで下げていくという運動を、曲の終わりまで継続しなければなりません。

鍵盤を下げる時には、どうしても力を入れる必要があり、力を入れれば硬直が起こります。

そこで、連続した動きを継続するためには、力を入れることによって発生する硬直した状態を、すぐに弛緩させ、次の硬直に備える必要があります。

こうして、筋肉が弛緩した状態であれば、直ちに次の発音に向かって力を入れることができます。

先にも述べましたとおり、音を出すために緊張させた筋肉は、ダンパーが弦と接触しない状態を維持するために必要な力を残して、弛緩させることができます。

そして、音をそれ以上鳴らしておく必要がなくなった時、すなわち音を切るときには、ダンパーが弦と接触するよう鍵盤を上に上げます。

鍵盤を上に上げるために筋肉を硬直させる必要はありません。

鍵盤は重石がなくなれば、勝手に上に上がります。

ここでは、筋肉は完全に弛緩させることができます。

この一連の、緊張(音を鳴らすために力を入れた状態)→やや弛緩(音を鳴らしておくために最低限の力を入れた状態)→完全に弛緩(音を鳴らしておく必要がなくなった状態)、という工程のうち、弛緩という言葉が出てくる部分について、脱力と言っているのです。

次の運動を行うために、前の運動によって硬直した筋肉を弛緩させる。

これが、脱力の本質です。

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