この記事は、2009年から2011年頃まで、趣味のピアノ教室調和講師のかとうだいすけが運営していたホームページ上で掲載していたものです。

2009/02/01

ある曲を練習する時に、片手ずつ練習をするとします。

そして、片手ずつ十分に弾けるようになったとします。

そこで、両手で合わせて弾いてみると、片手では弾けたはずのところが全く弾けなくなったりします。

私の場合、この片手ずつの練習が功を奏した場合と、功を奏しなかった場合とがあって、この違いはどこから来るのだろうか、ということが長年の疑問でした。

今になって思うことは、功を奏した場合には、最終的にこのようになるという明確なイメージを常に頭(心)の中に思い描きながらやっていたように思いますし、奏しなかった場合には、最終的なイメージどころか、その片手の練習がどのような意味を持つのかということすらよくわからずにやっていたのではないか、という気がします。

ここで重要なことは、最終的な形の明確なイメージを常に頭(心)の中に思い描くことができるかどうか、という点にあるのではないかということに、あれこれ考えているうちに行き当たりました。

楽譜を一瞥しただけで、頭(心)の中に実際の演奏のイメージがファーっと広がっていくことが一番理想的なのではないかと思いますが、仮に初見状態で漠然としたイメージしか掴めなかったとしても、鍵盤上で実際に音を出してみるとか、楽譜を見ながら音源を聴くというようなことを行うことによって、このようなイメージを作ることは可能ではないかと思います。

このようなイメージが頭(心)の中で明確になることによって、何を練習しなければならないのか、ということも明確になるのではないか、と思います。

例えば、ある左手のパッセージが弾きにくいとして、その部分を左手のみで練習する場合、現実には動いているのは左手のみで、その左手の音しか鳴っていませんが、それを練習している人の頭(心)の中で、左手がそのような動きをしている時には右手がどのように動いているのか、ということが意識されているかどうか、という点が、両手で合わせた時に、その左手のみの練習が功を奏するのかしないのか、ということを決めるのではないか、ということを思います。

上記の例をもっと細かく分解しますと、その左手のパッセージをリズム練習などで練習する場合、まずは、そのパッセージがどのように弾かれるのが理想的なのかということを考え、そのように弾かれるように左手のみの練習をします。

このようにしてその左手のパッセージが理想的に弾かれるようになったならば、次に、両手で弾かれる場合にはどのように弾かれるのが理想的なのか、ということを考え、そのように弾かれているところを想像しながら、左手のみの練習をします。

このようにして練習された左手は、常に両手で合わせることが念頭に置かれている、つまり統合されることが念頭に置かれているということが可能ではないかと思います。

これに対して、左手のそのパッセージのみを弾けるようにする、ということを念頭に置いた場合、統合されるということは明確になっていないため、それのみで完成してしまうのではないか、ということを思います。

それのみで完成してしまった場合、それが改めて統合されるためには、やはり統合されるということを念頭に置いて再度練習を行うということが必要になるのではないでしょうか。

部分練習の重要性は強調しても強調しすぎることはないように思いますが、それを行う場合、どのようなことを念頭に置いて行う必要があるのか、という部分に関しては、暗黙の了解になっているのではないか、という気がします。

暗黙の了解になっているということは、わかる人にはわかる、わからない人にはわからない、ということになるのではないか、という気がします。

私は自分の苦い経験から、ピアノの上達において重要なのは目に見える事象そのものを学ぶことよりも、その事象から裏側にある原理を学ぶことなのではないかということを思うのですが、上記のような部分にまで目に見えない原理が働いているということを思うと、何とピアノというのは一筋縄ではいかないものなのか、ということを考えざるを得ません。

以前、片手を使ってピアノを弾くのと、両手を使ってピアノを弾くのでは脳の使われ方が異なるから、片手ずつの練習に意味はない、というような記事を、ネット上で読んだ記憶があるのですが、上記の私の考えから見るならば、この記事が語っていることは半分は正しいのではないか、という気がします。

つまり、現実に片手のみを動かし、脳内でも片手のみを動かしているという状態であれば、先にも述べましたとおり、これはどこまで行っても片手のみを動かす練習であり、両手で動かすというところに統合されるということがないのではないかと思います。

対して、現実には片手のみを動かしているのですが、脳内では両手を動かしているという状態であれば、これはいずれ両手で動かすというところに統合されるということなのではないかと思います。

私は脳科学について専門的な知識を持ちませんので、上記のような考えは全て私の想像に過ぎないのですが、名ピアニスト達がイメージトレーニングの重要性について語っていることなどを踏まえますと、現実の動作だけではなく、その動作の裏側について想像をめぐらすことには、何かしらの価値があるのではないかという気がします。

※上記の文章は一個人の経験から生まれた感想と、その感想をもとに作成された文章です。客観的でもなければ、絶対正しいでもない、主観的な内容であることをご了承願います。

文章:かとう だいすけ

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